鉱石ランプ
-2009.05.03-






鉱石ランプ
瀬水いう儀個人作品
-2009.05.03-




◆ is03: 蒼水宮の夢渡り◆
物語です。
半人前の夢渡りが、鍵を喰らう不思議な生きもの「貘」の助けを借りながら、
依頼人の夢に潜って、ある感情を一定期間だけ閉じ込める。
というお話。





◆ is03: 蒼水宮の夢渡り◆
上では飛んでしまっていますが、表紙はこのような感じの絵でした。





◆ is03: 蒼水宮の夢渡り◆
モロッコ調の、混沌として多様な蒼の世界観でした。




少しご紹介を。

 リン、リン、リン、リン――  星を振るう水晶鈴の音が回廊にこだましています。  彼は鈴の音を懸命に追いかけます。  急げという合図――というよりも命令です。  貘は彼の歩みが遅いのに苛立ってくると、わざわざ鈴を呼び出して鳴らすのです。  何せ、貘は誇り高い生きものですから、普段でしたらけっしてけして、首に鈴などつけたりはしま せん。自分の動きにつれて鳴るように首につけるのではなく、口にくわえて鳴らしているのですから、 機嫌のほども知れようというものです。  彼は様々に青いモザイクタイルで彩られた柱の並ぶ回廊を曲がり、ようやっと貘の尻尾を目にしま した。  貘は、全身が夜に融け込む漆黒の猫に似た姿をしています。猫であることを拒むのは、爛々と輝く 眸と、首の後ろから尾にかけて背中のひと筋だけが燃え立つ焔色の毛並みでした。  息を切らしている彼に、貘は、遅いとも何とも言いません。鈴を消すと、ぷいと横を向いて先を促 します。くねらせている尾が、貘の気分を表していました。  もう少し親切にしてくれてもいいのに、と彼は思いますが、仕方がありません。貘を黒猫の姿にし てしまった彼を、貘はずっと怒っているのです。  文句を言いながらも、半人前の彼に協力してくれるだけ、いいでしょう。  彼はあがってしまった息を整えて、貘が睨みつけている方向を注視しました。  彼らが彷徨っているのは、青に浸った迷宮でした。  迷宮の天井は彼の身長の四倍もあるほど高く、のぞき込んできた室はいくつあったか数えるのも飽 きてしまいました。  どの室も通廊も、壁面は文様で埋め尽くされています。  くり返し咲く多弁な花、目のちらつく星、小さな四角がびっしりと揃えられ、騙し絵の色にもなり ます。  壁だけでなく、室によっては床も天井も、ありとあらゆる青のタイルでモザイク模様が描かれてい るのでした。  焼いたタイルの釉薬がぬめらかに光るかと思えば、石のタイルの硬質さや、木製でやわらかく掠れ たタイルもありました。  それらの模様が室ごとに違ったように、室の様子も違いました。  たっぷりと詰め物がされたソファやクッションが心地よさそうに床に置かれていたり、屋外に出て しまったかとうろたえるほどの植物が生い茂っていたり、縁飾りがきらめく円形の鏡と半月形の剣が 壁に掛けてあったり、天井から床まで革表紙の本が積みあげられて本用の梯子が立てかけてあったり。  室のいちいちを探していたら、一室も制覇出来ずに夜が明けてしまったでしょうけれど、貘のおか げで、彼はそれらの室々を通り過ぎるだけで済みました。  走るだけにしても、あまりにも広大たったので、階段がなかったのは救いでした。  先端の尖った宝珠の形に通路を刳り抜いた壁を何枚もくぐり、柱廊を横切り、彼がすっぽり入れそ うな金属の壺が四十ほども居並ぶ中を蛇行し。  影もないほどの速さでしなやかに跳ねる黒猫の貘の後を追って。  ついに、見つけました。  天井付近でまたたく、今回の核は歪な青金石の星でした。 「早く!」  貘が、真っ赤な口の中を見せつけるように叫びました。  背中の毛を逆立て、すんなり伸びた柳の鞭のようだった尾は彼の腕よりもふくらんでいます。  彼は肩越しに振り向きました。 「やっと見つけたのに――」  もう、時間がありません。  夜が明けてゆきます。  どれだけ走っても切りのなかった広さの館が、端から融けてきています。  朝が館の周囲から津波のように押し包んできているのです。朝の光にふれられた夢は、熱湯を注が れた砂糖菓子よりも呆気なく融けてしまいます。  夢の館の崩壊が始まったのです。  うかうかしていると、館の崩壊に巻き込まれてしまいます。  彼は青金石の星をくやしげに睨みつけましたが、のんびりしている余裕はありません。 「次は絶対、つかまえる」  言い捨てて、夢から抜けました。