鉱石ランプ
-2008.12.30-



◆石榴灯
◆桜奇譚



◆ 灯記08sw-01: 石榴灯◆
石榴灯の解説書。
解説書、壜のラベルシールは瀬水作成。





◆ 灯記08sw-01: 石榴灯◆
石榴灯とはいかなるものか。
石榴灯を幼いころより使っている某氏の手記です。





◆ 灯記08sw-01: 石榴灯◆
思い出を照らす石榴灯。
火粒の色を取り込み、水晶は石榴の色へと変じます。
壜への封入、火粒の飾りは月遠担当。





◆ 灯記08sw-01: 石榴灯◆







鉱石ランプ
瀬水いう儀個人作品
-2008.12.30-




◆ is02: 桜奇譚◆
物語です。
月に焦がれるあまり、
「お月さまは海で身を清めてから、空に昇る」という言葉を頼りに、
海へと旅立ってしまった桜の花の物語。





◆ is02: 桜奇譚◆
本文を「ですます」調で記すのが、なかなか楽しかったです。
本文用紙はフェザーワルツなどを使用。





◆ is02: 桜奇譚◆
桜貝の箱とセット。
何故桜貝なのかは、「桜奇譚」ということで。




少しご紹介を。

 霧に閉ざされがちな深山の奥に、一本の桜が生えていました。  まだ百年と生きておらず、姫と呼ばれる若い桜の根元には、玻璃を蕩かしたような水の湧き出づる 泉をたいそう大事に抱えていました。凍てつく冬の襲来にも、姫桜の泉は凍らずにあるのでした。  氷柱を飾りとした冬を経たのちの春は、木々の芯にまで染みとおります。  丸々膨らんだ姫桜の莟たちは、寒さに対抗して真っ赤な上衣をきつく着込んでいましたが、春のそ よ風にくすぐられると我先に脱ぎ捨ててしまいました。ほころんだ莟はどれも、薄絹織りの花を開き ました。  姫桜は春を迎えるごとに、それはそれはうつくしい花を咲かせており、その年の花も申し分ありま せんでした。  霞がかった淡い青空や、紫色にたなびく雲の合間に夕星が輝く宵、眠くなるほどにとろんとした朧 月夜に、姫桜は可憐な花を無数に掲げました。  つややかな金茶と濃茶の段だら模様の樹皮に、仄白さを恥じらい薄紅を注した花弁の衣をまとった 姫桜は、春のうらうらとした温気に陽炎のごとく立つのでした。  春とはいえ、まだ身を震わせる風の吹く夜、一輪の桜の花が呟きました。 「ああ、お月さまはなんて遠いのかしら」  姫桜は眠たいのをこらえて、どの花かしらと探しましたが、桜の花はそれきり口を噤んでしまいま した。  明くる夜、昨夜よりも悲しげな呟きが聞こえました。 「お月さまには、どうしたら届くのかしら」 「どうしたのです、何を悲しむの?」  かわいい我が子の嘆きに、姫桜は呼びかけました。桜の花はしばし躊躇っていましたが、ほそうい 声で応えました。 「あのお月さまの傍にいかれないのが、悲しいのです。私が枝の先でうんと背伸びしても、お月さま は、あんまり遠いのですもの」 「お空のお月さまと私たちとは、住まう処が違うのですよ」  ほとほとと桜の花は涙をこぼして、お母さまである姫桜に訴えました。 「私は、この身に星を抱いています。お空の一番星にも負けない、赤い星です。ですのに、如何して お月さまの傍へ行って行かれない道理がありましょう」  それからというもの、桜の花が月を仰いではさめざめと泣きますので、とうとう姫桜は言いました。 「ここからお水の流れをたどって、幾日も幾日も離れた先に、海という場処があります。なんでも、 たいそう大きい泉で、この泉を千も万も集めたほどに大きいのだそうです。お月さまは、海のお水で 身体を清めてから、お空にのぼるのだそうです。海に行けば、お月さまの近くに行かれるかも知れま せん」  深山から離れたことのない姫桜は、翼のつよい鳥が聞かせてくれた話を教えました。 「海へ……行きとうございます」  考えるまでもなく口にした桜の花は、海とはどのような処か知りもしませんでした。 「海へ行くには、このお山を離れなければならないのですよ。途中の道のりは、お空を飛ぶ鳥でさえ も力尽きることがあるほど、遠いのだそうですよ」  姫桜は困難な旅路だと諭しましたが、桜の花は、じっとしていられませんでした。  お山の仲間や、たおやかに美しくやさしい姫桜、同じ年に咲いた桜の花たちと別れるのはつらいこ とでしたが、桜の花はお月さまの傍に行きたかったのです。  お月さまがまるまると満ちていらっしゃるときは、おひとりでもよさそうですが、やつれていらっ しゃるときの侘しさと来たら。夜のお空からほほ笑まれてはいても、翳りは拭えません。お空には、 心を喜ばせる花も咲いていません。星たちはお月さまと一緒のお空にいますが、星の仲間と戯れ遊ぶ ばかりで、誰もお月さまに歌ったり話しかけたりしていないようです。  桜の花はお月さまの傍で、色々なことをお話ししてさしあげたいのでした。  春の空気の芳しさ、土の中でぷちぷちはじける新芽の合唱、お母さまの姫桜が吸いあげてく ださるお水の甘さ……お空にない色々で、ひとり寂しかろうお月さまをお慰めしたいのでした。  桜の花は、お山の諸々と別れる心を決め、姫桜に思いの丈を切々と述べました。  お月さまへの憧れと決意で頬を上気させた桜の花は、引き留められそうにありません。姫桜は枝を もがれる思いで、桜の花の旅立ちを許しました。 「海には、珊瑚なる私の縁続きがいるという話です。会ったことはありませんが、悪いようにはされ ないでしょう。行くのであれば、珊瑚を頼っておいでなさい」  他の花はお山に舞うのを楽しみにしているのに、月に焦がれた桜の花の海へ向けた出立は、月が朧 にほほ笑む夜となりました。 「元気でいるのですよ。海へ着いたら、鳥にお願いして、言伝を寄越すのですよ」  桜の花がいよいよ枝を離れるとなると、姫桜はこらえきれず、ほろほろと白露の涙をこぼしました。 桜の花も露を浴びて悲しくなりましたが、お母さまにお暇を告げます。  鳥目なので足許が覚束ないながらも、目白鳥が桜の花を枝から離し根元の泉へと降ろしてくれまし た。 「泉の水よ、この子の道中を頼みましたよ」  姫桜から離れてゆく水は銀色の波を立てて、桜の花を乗せ、お山から彼方の海を目指して出発しま した。